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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)2690号 判決 1979年8月16日

原告

斉藤信男

右訴訟代理人

小川休衛

外二名

被告

田辺ハル

外一〇名

以上被告ら訴訟代理人

安藤貞一

被告

有限会社霞ケ関商事

右代表者

宮崎英男

主文

一  被告田辺ハル、田辺継夫、同荒川順子、同安藤洋子、同舘野勝代、同田辺登喜夫、同田辺芳夫、同山田公代、同田辺忠康、同塩谷富美、同藤井久子から原告に対する東京法務局所属公証人三堀博作成昭和四五年第四〇二五号売買契約公正証書に基づく強制執行は許さない。

二  原告に対し、被告田辺ハルは金二〇一万八五七九円及びこれに対する昭和四八年六月五日から完済まで年五分の割合による金員、被告田辺継夫、同荒川順子、同安藤洋子、同舘野勝代、同田辺登喜夫、同田辺芳夫、同山田公代、同田辺忠康、同塩谷富美、同藤井久子はそれぞれ金四〇万三七一六円及び上記各金額に対する昭和四八年六月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、各被告が亡田辺芳太郎の遺産を相続した限度においてそれぞれ支払え。

三  原告の右被告らに対するその余の請求を棄却する。

四  原告の被告有限会社霞ケ関商事に対する請求を棄却する。

五  訴訟費用は、原告と被告有限会社霞ケ関商事との間では全部原告の負担とし、原告とその余の被告らとの間では原告に生じたものの三分の二を同被告らの負担とし、その余は各自の負担とする。

六  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

一  求める裁判

1  原告

(一)  主位的請求の趣旨

(1) 主文第一項同旨

(2) 被告有限会社霞ケ関商事は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物についてなした東京法務局墨田出張所昭和四八年六月一一日受付第二五六〇五号所有権移転登記の抹消登記申請手続をせよ。

(二)  予備的請求の趣旨

(1) 原告に対し、被告田辺ハルは二〇一万八五七九円、同田辺継夫、同荒川順子、同安藤洋子、同舘野勝代、同田辺登喜夫、同田辺芳夫、同山田公代、同田辺忠康、同塩谷富美、同藤井久子はそれぞれ四〇万三七一六円並びに上記各金員に対する昭和四八年六月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 仮執行宣言

2  被告有限会社霞ケ関商事を除くその余の被告ら

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

3  被告有限会社霞ケ関商事

主文第四項同旨

訴訟費用は原告の負担とする

二  請求の原因

1  田辺(戸籍上は田邊)芳太郎から原告に対する債務名義として次のような記載のある公正証書(以下、本件債務名義という)が存在する。

(一)  本件債務名義の表示

東京法務局所属公証人三堀博昭和四五年七月一五日作成の同年第二五五号売買契約公正証書

(二)  当事者

売主 原告代理人七五三木政夫

買主 田辺芳太郎

(三)  条項の要旨

(1) 原告は昭和四五年六月二五日田辺芳太郎に対し、別紙物件目録(一)記載の田二筆の所有権持分二分の一(以下、本件田という)を代金六〇〇万円で売渡すことを約し、右代金全額を受領した。(第一、二条)

(2) 原告は田辺芳太郎に対し、農地法所定の手続完了と同時に本件田の所有権移転登記手続を行なう。(第四条)

(3) 原告が本契約条項に違背したときは、田辺芳太郎は直ちに契約を解除し、売買代金の返還を受けるほか損害賠償として田辺芳太郎に対し六〇〇万円の支払を請求することができる。(第一一条)

(4) 原告は本契約不履行のときは直ちに強制執行を受けても異議ないことを認諾する。(第一二条)

2  田辺芳太郎は本件債務名義に基づき、右売買代金返還請求権及び約定損害賠償請求権の合計一二〇〇万円の債権を執行債権として、別紙物件目録(二)記載の建物(以下、本件建物という)について東京地方裁判所昭和四六年(ヌ)第二五五号不動産強制競売を申し立てた。

3  右競売期日である昭和四七年六月九日、本件建物は被告有限会社霞ケ関商事(以下、被告会社という)により競落され、同被告は右競落許可決定に基づき、請求の趣旨記載のとおり所有権移転登記を経由した。

4  田辺芳太郎は右競落代金から六〇五万五七三八円を配当として受領した。

5  田辺芳太郎は昭和五一年二月一九日死亡し、被告会社を除く被告らがその地位を相続したが、そのうち被告田辺ハルは亡芳太郎の妻であり、その余の被告らはいずれも子である。

6  しかし、本件債務名義は原告の意思に基づかないで作成された無効なものであり、又その内容となる契約も成立していないから、原告は次のとおり請求する。

(一)  田辺芳太郎の相続人である被告らに対し、請求異議訴訟として、本件債務名義に基づく強制執行を許さない旨の宣言。

(二)  被告会社に対し、前記3の所有権移転登記の抹消登記申請手続。

(三)  予備的に、被告会社の前記3の競落が有効であり、右(二)の請求が認容されないときは、田辺芳太郎の相続人である被告らに対し、田辺芳太郎が法律上の原因なく受領した配当金六〇五万五七三八円(但し、被告田辺ハルは妻、その余の被告らは子として各相続分に応じて)及びこれに対する訴状送達による返還請求の翌日である昭和四八年六月四日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払。

三  請求原因の認否<以下、省略>

理由

一請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがないから、次に本件債義名義の成立について判断する。

二1(一) <証拠>を総合すれば、

(1)  原告は、昭和四六年二月九日までの間に田辺芳太郎に対し、原告の印鑑証明書(乙第三号証)を交付し、さらに同日頃東京法務局墨田出張所近くの日高満寿美司法書士事務所において田辺芳太郎同席の上、同年一月七日付の本件建物の売渡証(乙第六号証の一)なる書面及び原告所有の本件建物を田辺芳太郎へ所有権移転登記するための登記申請手続を日高満寿美に委任する旨の委任状(乙第六号証の二)に実印を押捺し、これにより本件建物を田辺芳太郎に売買名下に所有権移転登記するための手続を日高満寿美に委任した。

(2)  原告及び田辺芳太郎から委任を受けた日高満寿美は右委任の趣旨に従い、その頃、本件建物につき原告から田辺芳太郎への所有権移転登記申請手続をとつたが、同申請書には登記済権利証が添附されていなかつたので、登記官から原告に対して、右登記申請が原告の意思に基づいて間違いないものであるか否かを照会する葉書が送付されてきた。

(3)  原告は右照会の葉書に対する回答をせずに放置したが、丁度その頃、田辺芳太郎に対してはこの事実を告げた。

これに対して田辺は、二週間経過すれば右登記申請は取消になるので、そのまま放置しておいて差し支えない旨を説明した。したがつて、右(二)の登記申請に基づく登記は結局なされていない。(なお、田辺芳太郎は司法書士、土地家屋調査士であつた。)

との事実を認めることができる。

(二) 原告第二回本人尋問の結果中には、右所有権移転登記申請手続は、原告の善芳作福松に対する債務について弁済の猶予を受けるための方策として、或は善芳作福松によつて本件建物が代物弁済として取得されないようにするための方便としてなされた旨の供述がある。しかし、<証拠>によれば、原告は田辺芳太郎ほか一名の斡旋により、昭和四五年一〇月七日篠崎信吉から七〇〇万円を借受け、同日その借受金から善芳作福松に対する元利合計債務六〇〇万円を弁済し、善芳作福松は本件田についてなしていた任意競売の申立を昭和四六年一月三〇日に取下げている事実が認められる。

そうすると、昭和四六年二月九日頃には原告の善芳作福松に対する債務はすでに消滅しているのであるから、同債務について弁済の猶予を得る方策をめぐらすとか、代物弁済を阻止する方便を考えるとかの必要は全くないわけであり、右原告本人の供述はとうてい信用できない。

(三) そこで原告第二回本人尋問の結果中には、右所有権移転登記申請手続は、善茂作福松に対する債務が存在しているものと勘違いしてなした旨の供述も現れているが、右に認定したとおり、原告と善茂作福松との間には任意競売事件まで係属し、右所有権移転登記申請手続に及んだ日からほど遠くない頃に善茂作福松に対する弁済をなしたものであり、しかも弁済額は六〇〇万円という高額なものであり、その経過や時間的関係、金額などの諸点からみても、とうてい弁済の事実を思い違いするような事情にあつたとは信じられず、右の弁解もまた措信できない。

(四) 結局、田辺芳太郎が死亡している現在では、その動機もしくは意図を確定する証拠は得難いけれども、少なくとも原告が昭和四六年二月九日ごろ田辺芳太郎に対して、売買の名目で本件建物の所有権移転登記をなすことを一旦は承諾したことだけでは動かせない事実である。

2(一) 原告は、乙第四号証の売渡証のうち名宛人「田辺芳太郎」とある記載部分及び作成年月日欄のうち月を示す「七」、日を示す「十五」の各記載部分の成立を否認する。(その余の部分の成立は、署名、指印を含めて原告の作成であることを認める。)

そして、原告第一回本人尋問の結果中には、「右売渡証は同年四月に作成したものである。右作成の意図は、善茂作福松と原告との間に抗弁の認否2(二)(2)のような訴訟上の和解(債務額の点は相違する)が成立しており、これによつて、原告が同年五月三一日までに善茂作福松に対して四六一万二五〇〇円の債務を弁済しないときは、本件建物は代物弁済に因り善茂作福松に取得されてしまう約束であつた。そこで原告は右弁済期限を同年八月一五日まで延長してもらうためには、八月一五日までに原告が六〇〇万円を支払わないときは本件田を善茂作福松に同額で売渡す旨の同人に有利な内容の約束をする必要があるであろうと考え、右の趣旨を記載した書面として乙第四号証を作成し、これを田辺芳太郎に交付して、善茂作福松との折衝を依頼したものである。したがつて、原告は同文書の名宛人欄に善茂作福松の氏名を記載しようとしたところ、田辺芳太郎が、善茂作福松の了解を得ないうちに同人の氏名を記入して却つて感情を害されるとまずいとの口実で制止したので、名宛人欄は白地のまま乙第四号証を田辺芳太郎に交付し、善茂作福松との折衝を一任したものである。」との供述が存在する。

(二) しかし、原告第一回本人尋問において、原告本人は始め、乙第四号証が作成された日が昭和四五年七月一五日であることを肯定する供述をしており、さらに、乙第四号証の八月一五日の期限は、本件債務名義において原告が再売買予約完結により本件田を買受けることができる期限とされた昭和四五年七月二七日を右のとおり延長するように求めたものであるとも供述する。

そうすると、右の供述によるならば、乙第四号証の作成が右債務名義が成立した日より遙に前の昭和四五年四月であることはとうていありえないことになる。

しかも、乙第四号証の作成日付欄及び名宛人欄の記載は、字体、筆蹟、字配り、墨色いずれの点からみても本文の記載との間に格別の異状を認めることができない。それどころか、原告本人の自筆であることを自陳する本件記録中の訴状の文字と対比すれば、乙第四号証の名宛人欄の「田辺芳太郎」の筆蹟及び「七」、「十五」の筆蹟はいずれも右訴状中の同様文字とそつくりであり、両者の間に相違を認めることはできない。

(三) 右(二)の事実に照らせば、乙第四号証の売渡証は、名宛人欄及び作成日付欄の各記載部分とも原告の作成にかかり、全部が真正に成立したものと認めるのが相当である。

すなわち、乙第四号証によれば、原告は昭和四五年七月一五日田辺芳太郎に対して、本件田を売渡すこと、但し原告が同年八月一五日までに現金を持参するときは、再売買により取戻すことができる旨の内容の公正証書を作成することを承諾し、指印をしたものと認めることができる。

前記(一)の原告本人の供述及び原告第二回本人尋問の結果のうち右認定に反する部分はいずれも信用できず、他に右認定を動かす証拠はない。

3(一) 成立に争いがない乙第三号証の一と文書の方式、趣旨により本件債務名義作成嘱託に際して原告代理人となつた七五三木政夫が公証人に提出した委任状であることが認められる乙第三号証の二について、原告は、その署名部分が自署であることは認めるものの、その成立を否認する。

そして、原告第一、二回本人尋問において、原告は、「善茂作福松との和解調書(前記2(一)中の訴訟上の和解を指す)上の代物弁済実行期限である昭和四五年五月三一日の以前に、期限の猶予を得る必要があつたので、同年四月頃田辺芳太郎に対し乙第三号証の二の委任状及び同号証の三の原告の印鑑証明書を交付したが、その趣旨は、善茂作福松との間で右和解調書に定めている本件建物に対する代物弁済の期限の延長を受けることにあつた。」と供述する。

(二) たしかに、<証拠>によれば、原告と善芳作福松との間には、東京地方裁判所昭和四四年(ワ)第三一六九号(本訴)、同年(ワ)第一〇九〇〇号(反訴)訴訟事件が係属し、昭和四五年三月二日訴訟上の和解が成立し、「原告は四六一万二五〇〇円を昭和四五年五月三一日までに弁済すること、右弁済を怠つたときは善茂作福松に対し、本件建物についてなした所有権移転仮登記の本登記申請手続をすること。」等の合意が和解調書に記載された事実を認めることができる。

しかし、乙第三号証の三の印鑑証明書が発行されたのは昭和四五年六月二五日であることは、成立に争いがない乙第三号証の三自体によつて明らかなところである。

そうすると、原告は右和解調書に定める代物弁済の期限から相当日数の経過後に乙第三号証の三の印鑑証明書を交付していることは明らかであり、善茂作福松の代物弁済実行を延期するために乙第三号証の二を交付して公正証書の作成を嘱託しようとした旨の原告本人の前掲(一)の供述はたやすく信用できないものと言わなければならない。

(三) 乙第三号証の二が原告の自署した文書であることは原告も自認するところであり、同文書には、「売主」原告が「買主」田辺芳太郎には本件田を「売買代金」六〇〇万円で昭和四五年六月二五日売渡し、原告が同年七月二七日までに右代金を持参したる場合は本契約を解除するものとする旨の条項を附して、この「契約条項について公正証書作成嘱託に関する一切の権限を委任する」旨の記載があること、右委任状の記載のうち右に掲げた各括孤内の文言はいずれも印刷された不動文字であることは乙第三号証の二自体から明らかである。

(四) 乙第三号証の二の委任状の署名が原告の自署である事実、乙第四号証は右2で認定のとおり全部真正に成立していること、<証拠>を総合すれば、乙第三号証の二の委任状は、原告が右(三)で認定した内容の公正証書の作成を嘱託する意思で、その代理権を授与するために作成したものと認めるのが相当であり、この限度では真正に成立したものと言うことができる。

(ちなみに、乙第三号証の二のうち、売買代金欄中「全額支払ひ済」とある記入部分及び特約事項欄中に「一、売主違約金六百万円也」とある記入部分は、その余の記入部分と筆勢、墨色、筆記具を明らかに異にしている。しかも違約金については、乙第四号証の売渡証でも全く言及されていないし、その額、率ともに極めて高く、かかる違約金を原告が応諾しなければならなかつた事情の存在を示す証拠もない。したがつて、右二個所の記入部分については、原告の意思に基づいて記入されたかどうかなお疑問の余地があり、真正に成立したとはにわかに断定できない。)

(五) ところで、<証拠>によれば、篠崎信吉は昭和四五年一〇月七日原告に貸渡した元金七〇〇万円の債権の担保として、同月一四日本件田について抵当権設定登記及び所有権移転仮登記を経由していたが、昭和四六年八月六日右抵当権に基づく競売開始決定を得て、これを実行し、昭和四七年四月七日本件田は株式会社梅本組が競落許可を得て、篠崎信吉には七九三万一〇〇〇円が配当されたことが認められ、これに反する証拠はない。

4(一) 以上1ないし3で認定、判断したところと<証拠>を総合すれば、原告は昭和四五年六月二五日ごろ田辺芳太郎との間で、同人に本件田を代金六〇〇万円で売渡し、同年七月二七日までは同金額に契約の費用を加えた金額を提供してこれを買受けることができる旨の再売買予約付売買契約を内容とする公正証書の作成に同意し、そのころ右公正証書作成嘱託のために代理人を選任する権限を田辺芳太郎に与え、これを証する文書として乙第三号証の二の委任状を作成し、乙第三号証の三の印鑑証明書と共にこれを田辺芳太郎に交付したものと認めることができる。

したがつて、七五三木政夫は右の授権の範囲で本件債務名義の作成を原告のために嘱託できる代理権が存在し、田辺芳太郎の選任によつて、そのような代理人として本件債務名義の作成を嘱託したものであり、本件債務名義の作成手続自体は原告の意思に基づいた適法な代理人によつてなされたものと言うべきである。

<証拠判断略>

(二) しかし、本件田は前示3(五)のとおり篠崎信吉による抵当権の実行があつたため、競落人株式会社梅本組の所有に帰し、本件債務名義の内容をなした売買契約は目的を失うに至つたことは明らかである。もつとも、右任意競売の申立に先立つ昭和四六年二月九日ごろ、原告は本件建物について売買の名目で田辺芳太郎に対して所有権移転登記をなすことを一旦は承諾したものであることは前示二1のとおりである。

三本件債務名義の成立手続は右に判断したとおり、原告の意思に基づいた適式なものであるから、たとえその内容となる実体上の権利が存在しないとしても、右債務名義に基づく本件建物の競落の効果は覆えらないものと解すべきである。

したがつて、競落に因り本件建物について所有権移転登記手続を経由した被告会社に対して、その抹消登記を求める原告の請求は失当である。

四次に、被告会社を除くその余の被告らに対する請求について判断する。

1(一)  本件債務名義の内容のうち請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

ところが右被告らは、本件債務名義の内容をなす実体上の権利は、抗弁1、2のとおり、内金六〇〇万円の債務についての農地法所定の許可を条件とした代物弁済契約であり、原告が右農地法所定の許可の申請手続を怠り、同契約が解除された場合には違約金六〇〇万円と右債務六〇〇万円を合わせて支払う旨の条項が存在し、右合計一二〇〇万円について執行認諾があつたものであると主張する。

そして<証拠>によれば、本件債務名義には「原告は農地法所定の手続(同法三条に定める所有権移転の許可)を速かに完了する義務を負担し(第七条)、右許可を得て本件田を田辺芳太郎又はその指定した第三者に引渡し、かつ所有権移転登記申請手続をすることを約束し(第一〇条)、原告が右各条項を含む本件債務名義中の各契約条項に違背したときは、田辺芳太郎は直ちに同契約を解除し、「売買代金」の返還を受けるほか損害賠償として六〇〇万円の支払を請求することができ(第一一条)、これについて原告は強制執行を認諾するが(第一二条)、なお、原告は昭和四五年七月二七日までに六〇〇万円及び本契約に要した費用を提供して再「売買完結」の意思表示をすることができる(第一三条)旨の各契約条項が存在することが認められる。

(二)  そうすると、本件債務名義に表示された請求権(執行債権)は、本件田の売買契約を原因とする代金六〇〇万円の返還請求権及び六〇〇万円の約定違約金請求権であるから、被告らの抗弁1、2の主張を前提とする限り、本件債務名義に表示された右六〇〇万円の代金返還請求権と当事者間に存在したという報酬(謝礼)請求権、費用償還請求権、立替金償還請求権、貸金返還請求権等のうち六〇〇万円の金銭債権とは全く事実を異にしているものと言わなければならない。(準消費貸借の事実を消費貸借と債務名義に表示した場合の救済の法理を本件に拡張することはできない。)

そして、右の判断を前提とすれば、売買契約解除に因る違約金と代物弁済契約解除における違約金ともまた事実を全く異にし、この点でも本件債務名義は事実に符合しないものと言わなければならない。(ちなみに、代物弁済契約においてかかる損害賠償条項を許すことは、仮登記担保権の理論あるいは利息制限法の潜脱を許すことにもつながるものであり、売買契約における違約罰の条項の効力と同列に論じることはできない。)

結局、抗弁1、2の主張はそれ自体失当であり、本件債務名義は成立は適式であるが、実体上の請求権がない(符合しない)ものとして、実体的には無効とならざるをえない。

2  のみならず、抗弁1、2で被告らが主張するような債権の発生も、証拠上これを認定することができない。

(一)  すなわち、乙第五号証の「申立書」中には、田辺芳太郎の供述として、同人が原告に対して抗弁1(二)ないし(四)のような報酬請求権、費用償還請求権、立替金償還請求権、貸金返還請求権を有していたかのような記述があるけれども、同記述自体によつても抗弁1(二)の具体的な発生原因は明らかでなく、同1(三)のうち修理費を除く具体的な発生原因も不明な点が多く、同1(四)の貸金発生の年月日も判明しないし、同1(一)の謝礼の約定なるものの内容、成立年月日も右乙第五号証によつて特定が十分になされるわけではないし、同1(五)の長年月にわたる多数回の貸金なるものについては乙第五号証は殆ど言及していない。

しかも、乙第五号証の記述の信憑性を裏付ける的確な証拠もないから、乙第五号証をもつて被告ら主張の抗弁1の事実を認めることはとうていできない。(<証拠判断略>)

(二) もつとも、前示二1のとおり、原告は昭和四六年二月九日ごろ田辺芳太郎に対して、売買の名目で、本件建物の所有権移転登記申請手続をすることを一度は了承した事実がある。そして、前掲乙第六号証の一が右移転登記申請手続に使用するために作成された売渡証(昭和四六年一月七日付)であることは、証人岩倉敏子の証言によつて明らかなところである。

しかし、前示二1(一)(2)、(3)のとおり、右所有権移転登記申請手続においては、いわゆる登記済権利証(不動産登記法三五条一項三号所定)を添附せず、不動産登記法四四条ノ二に基づいて、いわゆる保証書が用いられたところ、登記官からの照会に対して、原告が所定の書面をもつて右登記申請が間違いでない旨の申出(回答)をしなかつたため、結局、同登記申請は却下されたものである(同法四四条ノ二、四九条一一号)。しかも、右登記申請において登記権利者であるはずの田辺芳太郎は、原告が右のとおり回答を発していない事実を知りながら、これを容認している。そして田辺芳太郎が、その後、前示乙第六号証の一の売渡証の存在もしくは右所有権移転登記申請手続に原告が一旦は応じたことを根拠にして、再び同様の登記をなすことを原告に要求した形跡も全く認められない。

右の事実を考え合わせると、乙第六号証の一の売渡証は、本件建物の所有権移転を目的として作成されたと認めるには疑問の余地があり、ひいて、同書面の存在をもつて田辺芳太郎が原告に対し抗弁1のような債権を有していた証左とすることもできない。(ちなみに、乙第六号証の一によれば、本件建物の売渡価格は五五万〇三〇円と記載されており、被告会社が現実に競落した価格六四四万四八〇〇円や被告らが抗弁1、2で主張する代物弁済価額六〇〇万円と比較して著しく過少であり、甲第七号証記載の先順位抵当権を考慮しても、右売渡証は便宜的に作成された文書である疑いが濃い。)

(三) たしかに、乙第四号証が全部真正に成立したものと認められることは前示二2(三)のとおりであり、本件債務名義中にも支払期限の点を除き乙第四号証(売渡証)と同旨の条項が存在する。

しかし、右(二)で指摘したとおり、原告と田辺芳太郎との間には、乙第六号証の一(売渡証)についてみられるように、真正に成立はしているけれども内容には虚偽の疑いが濃い文書が作成されている事実があり、しかも、原告が昭和四六年八月六日善茂作福松の申立によつて任意競売の開始決定を受けている事実と合わせ考えれば、乙第四号証の成立を肯定できたからといつて直ちに、これにより抗弁1、2の債権六〇〇万円の存在を推認できる筋合のものではない。(ちなみに、乙第四号証が作成された昭和四五年七月一五日当時、本件田については善茂作福松から任意競売の申立がなされ、競売手続中であつたから、同訴外人の被担保債権を無視して田辺芳太郎が本件田を六〇〇万円(支払済みと乙第三号証の一、二に表示されている)で取得することを承諾したとすればそれは対価的にも不自然である。けだし、被告会社の競落価額からみれば、本件田は六〇〇万円をそれほど大きく上廻る価格の物件ではないと考えられるところ、善茂作福松の被担保債権額は、昭和四五年三月二日成立した訴訟上の和解によつても元本四六一万二五〇〇円であり、昭和四五年一〇月七日現実に弁済した額によれば六〇〇万円であるから、善茂作福松の被担保債権額を控除した本件田の価値は極めて低かつたことは明らかだからである。)

(四)  <証拠判断略>

したがつて、本件建物の競落は、手続的には適法、有効であるけれども、田辺芳太郎が抗弁1、2の債権六〇〇万円を有していた事実が認められない以上、その債務不履行を理由とする違約金六〇〇万円の支払義務が発生する余地もなく、結局、内容的には執行債権の存在が認められない債務名義に基づく競売であつたと言わざるをえない。

この意味において、原告の請求異議は理由がある。

3  そしてまた、田辺芳太郎が右競売手続における配当として受領した六〇五万五七三八円は、法律上の原因なく利得したことになり、原告はこれによつて同額の損失を蒙つたものであるから、田辺芳太郎の相続人に対して、その相続分に応じて右不当利得金の返還を請求できることは明らかである。

なお、原告の右不当利得返還請求は、被告会社に対する本件建物の所有権移転登記抹消請求が認容されないことを条件とする主観的予備的請求ではあるが、本件請求異議訴訟において被告とされている者と同一人を被告とする併合請求であり、かつ二つの請求は請求の基礎を同一にするものであるから、被告らの地位の不安定という因子はきわめて小さく、他方、原告の併合の必要性ないし利益はきわめて大きい。

このような関係にある請求の併合は、それが主観的予備的なものであつてもなお許される適法なものと解するのが妥当である。

五しかし、抗弁7の事実は当事者間に争いがない。

そうすると、田辺芳太郎の相続人である被告らは、いずれも限定承認をなした相続人として、右不当利得返還債務の各自の相続分についても、その相続した遺産の限度でこれを支払えば足りるものであり原告のこれを超える支払を求める請求部分は失当である。

すなわち、被告田辺ハルは二〇一万八五七九円、その余の被告ら(被告会社を除く)はそれぞれ四〇万三七一六円(いずれも五〇銭未満四拾五入)の不当利得金返還債務相続分及び各金員に対する被相続人田辺芳太郎に対して訴状送達により請求がなされた翌日である昭和四八年六月五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、その相続財産の限度で支払うべき責任を負うものである。

六よつて、原告の被告会社に対する請求は失当として棄却し、その余の被告らに対する請求は、請求異議の点については全部正当として認容し、不当利得金請求については限定承認の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、但書、九三条一項本文を、仮執行宣言について同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(山本和敏)

物件目録<省略>

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